揺れる波

休日にあったことを書いています/地方公務員

伊勢志摩への一旅行者の思い出

私は地方公務員ですが、令和6年度は省庁出向をしていました。出向元への月次報告として残業時間は提出していましたが、「もしよければ休日の出来事をざっくばらんに教えてください」と案内があったので、せっかくなら日記風に出来事を報告しようかなと思い、書いて提出したものを載せています。

 

R6.9

 

9月は全ての週末を東京外で過ごそうと思い立ち、毎週末旅行してました!

全部思い出深いのですが、中でも9月の最終週に行った伊勢志摩は、一番最近行ったことや現地で友達と会うことも無く一人で行動したこともあって、感じた気持ちがまだまだ肌に残っています。

伊勢神宮を目的に行きましたが、他は着いてから考えようとゆるく構えていました。伊勢市に1泊2日の行程で、伊勢神宮の参拝を最初に済ませて、伊勢市から近鉄線の最終到着駅の賢島@志摩市や、夜に立ち寄ったお店の女性店主さんや常連の方々におすすめいただいた伊勢シーパラダイスに行ってみました。


伊勢志摩の土地を移動しながら、もし私の拠点が伊勢や鳥羽や志摩に移ったら私はやっていけるだろうか、と想像しました。

私は省庁出向のために初めて住む東京へ引っ越しましたが、想像以上に東京での暮らしは向いていました。東京には私のことを知っている人がいなくて気が楽で、交通手段を他の土地と比較した時に様々な場所へ安易に安価に行くことが出来て、新しく仲良くなれた人もたくさんいます。でも、それはある程度普通に生活することが可能な収入と、足場がしっかりした場所で働いているという心の支えがあって成り立つものです。

地元なら、確かに様々なしがらみはありますが、それはつまり私が何かに困ったら、すぐに助けてくれる人が一番たくさんいる場所だということです。もし収入も足場もしがらみも完全にフラットな状態で、この何も知らない新たな土地で生きるならどうなるんだろう。異動で来た人という位置付けもなく、ゼロからひとつひとつの関わりを生み出し、どれくらい暑くて寒いのかも交通ダイヤの利便性も知らない中でひとつひとつ備えることになったら。

一度東京で楽しく暮らせたことから勝手に全部上手く行くような気はしているけど、今はそれを試したいとは思えないな、という結論で考えるのを止めました。

 

最終日に寄った伊勢シーパラダイスのあるエリアには、併設された屋内モールや、二見 興玉神社、夫婦岩などの見所も集中しているのですが、最寄り駅である二見浦駅からのんびり歩いて20分ほどの場所に位置していました。私を含め明らかに観光で来ている様相の人々を除くとあまり人の居なかった駅に、営業しているのかどうかは立ち止まって確認してみると分かる旅館やお土産屋さんがいくつも並ぶ閑静な通りと、観光客が集まる一部のエリア。これらを順に眺めて歩き、観光客が集まっているエリアの様子を目にしたとき、前日寄ったお店の女性店主さんの「あのへんは何もないからねえ」という言葉を思い出し、それに対して「思ったより栄えてるじゃん」と浮かびましたが、自分の上から目線ぶりにうわあ…となりました。

よその土地からやって来て、別にここに住んでいるわけではないので地域の整備がどれほど進んでいようが劣化していようが興味は無い、ただ今日を楽しむ上でこの地の風情を感じることができればそれで良い。

自らの地元に対してこういう目線を向けられることは好きじゃないのに、私自身がただ上澄みを楽しむだけの観光客の気持ちになっていたことに気付きました。

 

仲の良い人達とみんなで旅行するときはみんなでいるという時点でもう楽しさで満たされていて、その土地のことをじっくり考えたり、自分がどう感じるかあまり丁寧に捉えたりしていませんでした。一人で旅行するのは完全なノープランでも行程を失敗しても誰も巻き込まずに済むことだけでなく、のんびり色々考えられる良さもあると改めて感じました。

伊勢志摩はまだまだ行きたいけど寄れていない場所がありますし、伊勢神宮に再度の参拝もしたく、伊勢シーパラダイスも魅力的でした。また次に行きたい!となるか、誰かと行こう!という話になるのが楽しみです。